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「ニ楽亭へようこそ」その2 [小説]

鎌倉の海沿いは、
東西に湘南海岸道路が走っている。
その道を西の稲村ヶ崎から東の由比ヶ浜に向かって、
金髪碧眼の大男が悠然と歩いている。
その前に立ちはだかったのは、
どう見ても女子高生と巫女という風情の、
ふたりの女性だった。
「これはこれは、
西御門(にしみかど)弾正府を統べる
弾正尹(たんじょうのかみ)
化野(あだしの)美沙どの。
ご機嫌よろしゅう。
葛葉どのも、いい加減良いお歳でしょうが、
相変わらず見目麗しい。
このアレクサンダー・フォン・シーボルトの血も騒ぎますぞ」
「淑女に年齢の話をなさるとは、
とても紳士の所業とは思えないのです!」
葛葉と呼ばれた女性が憤慨した様子でいなす。
巫女服に身を包んだ彼女の頭部には、
まるで狐のような、
先端が白く、
その他の部分が茶色地の、
けものの耳が生えている。
そして、耳と同じような色合いで、
五つに分かれている、
こちらもまるで狐の尾のような、
りっぱなしっぽも生えていて、
左右にゆっくりと揺れている。
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『良い歳』と言われていた彼女だが、
せいぜい20歳ぐらいにしかみえない。
その隣にいるさらに歳若な、美沙と呼ばれた、
ショートカットにセーラー服の少女が、
ため息混じりにつぶやく。
「まったく、懲りない連中だね。
この前この国に、
おまえの父親がちょっかいけかてから何年たつんだ?
もう120年か…。
あんときゃ、将軍(だんな)が上手いことあしらって、
なにもかも不問にしてやったっていうのにさ。
いい加減、あきらめてもよさそうなものを…」
「ご冗談を。我ら貴族信徒は、
主の為であれば、
喜んで命を投げ出しますぞ。
もちろん平民とて同様」
シーボルトが、パチッと指を鳴らすと、
彼の影の中から、
無数の影がわき出してくる。
「外務卿・井上 馨(かおる)殿の特別秘書を足がかりに、
この極東の地にて、
我が教団の礎にならんと志して、百数十年。
そろそろ我が肉体にも限界を感じましてな。
一族を引き連れて、
弾正尹どのに挨拶にまかりこしましたしだいです」
「第3契約者との折り合いが悪いからって、
この日ノ本を世界制覇の足がかりにしようったって
そうはいかないんだよっ!!!」
美しい少女の面影からは
想像もつかない荒々しい言葉が、
美沙の口をついて出る。
それを聞いたシーボルトがニヤリとしながら話し始める。
「あなたを守護する金狐・葛葉殿とて、
いにしえの<傾国>の末裔(まつえい)。
人の味を一度覚えたら最後、
我らに同心してくださるのは…」
そこへ、すさまじいスピードで黒い影が飛来したかと思うと、
シーボルトの配下を打ち倒していく。
「美沙様、葛葉様! 遅参いたしました! 
三峯弦一狼、ただ今推参!!」
そう叫んだのは学生服を着た小柄な青年。
彼は自分の背丈よりも長い日本刀
=六尺斬馬刀を軽々と振り回しながら、
敵を切り刻んでいく。
「お、おのれっ!! 狼風情が邪魔だてするかっ!!!」
部下を打ち倒され、シーボルトがうめく。
「ご苦労さまです~」
「弦一狼、ぬかるんじゃないよ!」
「承知!」
三人は声を掛け合うと、
シーボルトを目指して突進し、そして辺りは光に包まれ――。

第1章終わり
その3(第2章 その1)につづきます♪
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「二楽亭へようこそ」その3 [小説]

第二章 その1

20××年――。
多くの古刹や由緒ある神社が点在し、
関東の小京都といわれる古都鎌倉。
歴史のある街だけに、
曰く付きな場所は沢山ある。
ところがそんな場所以外でも、
幽霊やあやかしを見たとか、
不思議な現象が起きたとか、
そんな噂は日常茶飯事で引きもきらないし、
また実際に怪現象はおきる。
だけど、歴史があるから怪異が起こるわけじゃないの。
そんな現象の原因は、
政府の直轄領・鎌倉府の北東部
=丑虎(うしとら)に位置する
西御門という場所近くに、
異界に通じる入り口があるのが原因。
でもこれは、
普通の人にはほとんど知られてなくて…。

幼稚舎から大学までの
一貫教育で知られる
神奈川県鎌倉府立西御門学園――。
その中央に位置する高等部の建物は
今時珍しい木造の建築物。
お昼を告げるチャイムが鳴り、
授業を切り上げて先生が出て行った。
幼なじみで従姉妹で親友でクラスメイトの
化野音音(あだしのねね)が、
いっしょにお昼を食べようと、
お弁当を持って私の机のほうへやってくる。
音音は、身長は150センチぐらい。
柔らかそうな髪をてっぺんでまとめいる。
同性の私から見ても、かわいいと思う。
nr1.JPG
(イラスト ムシ長者さん)
(これで変な趣味さえなければ言うことないんだけど…)
何となくそんなことを思って
苦笑する私に、
「どうかなさいまして?」
と聞いてくる。
「何となく笑いたかっただけ」
私がそう答える間に、
音音は、私の前に座っている子に席を替わって貰うと
その席に腰かけた。
「そういう気分のときもありますわね」
私の答えに納得したのか、
音音はお弁当の包みを開きはじめる。

音音と
たわいもない話しをしながら、
お弁当を食べていると、
<♪ちゃららん>
と、携帯メールの着信音。音音のだ。
ほぼ同時に私のにも着信音が鳴った。
<♪ちゃるるん>
私が携帯を開く横で、
一足さきにメールを見終わった音音が、
「結繪ちゃん、
マリーちゃんの家がまた建てられたらしいですわ」
「えぇ? またぁ?」
私のメールもおんなじ内容たった。
音音のメールも私のメールも、
発信源は、
いまや鎌倉府の住民の
必需アイテムになりつつある
同じ鎌倉府防災メール。
鎌倉府の怪異に備えて、
事件などが起きれば直ちに
配信されてくるようになってる。
“マリーちゃんの家”といえば、
確か私が小学校のころから、
合計3回は建てられてると思う。
有名な都市伝説だから、知ってるも多いと思うけど、
魔法を使うことで有名なマリーちゃんの家が、
鎌倉府の山の上にひっそりと立っているという噂話。
じつはあれ、都市伝説じゃなくて、
ホントに時々建つ。
「まだ、こんな古くさい手を使うヤツがいるなんて驚きですわ」
「でもほっとけないし…放課後行く?」
「みんな忙しいから、仕方ないですわね」
鎌倉のジモティなら、
こんなモノには引っかからないけど、
観光客とかが
時々現地に見に行っちゃうから
少し心配なんだよね。
なんで私がこんな心配してるのかというと、
ウチの学園はちょっと特殊な事情があって、
これまたちょっと特殊な自治体鎌倉府の
神霊・あやかし関係の警察業務を行う弾正府を兼ねてる。
私と音音も弾正府の一員なので、
こういう事件があれば、
対応しないといけないんだけど…。
でも、立ち入り禁止表示テープは張り巡らしたって
メールに書いてあったから、
平日で観光客も少ないことだし、
あと3時間ぐらいは大丈夫でしょ?
授業が終わってから急いでいけばいいよね。

……なんて考えていた私たちが甘かったみたい…。

その4に続く
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「二楽亭へようこそ」その4 [小説]

第2章 その2

私と音音は授業を終えたあと、
護衛がわりに、
幼なじみの同級生・
三峯三狼(みつみねさぶろう)を伴って校門を出た。
雪ノ下から大町、材木座へ抜け、
幽霊トンネルの異名を持つ
名越トンネルを通って、
途中で厨子マリーナに続く道に曲がる。
情報では、
その道の東側の小高い山の上に
マリーちゃんの家があるという。
ハイキングコースのような
舗装のされていない道へと足を踏み入れる。
途中で三狼が、
「人の匂いがする」
と、辺りの空気を嗅ぎながら言った。
三狼の鼻が利くのは折り紙つきなので、
誰かが入り込んだ可能性が高い…。
現場に急いだものの、
そこに着いたときには、
すでに立ち入り禁止表示テープは切られたあとだった。
そして、その向こうの、
ぬかるんだ土の上には、
5人分ぐらいの足跡が三角屋根のマリーちゃんの家の玄関へ向かって、
くっきりと残っていた。
「あちゃー」
「結繪ちゃん、
まだ間に合うかもしれないですから、急ぎましょう」
確かに音音の言うとおり、
こうなると一刻を争う。
ドアをドカッと蹴り破って中に侵入する。
女の子としてはどうかと思うけど、
この場合は仕方ない…。
マリーちゃんの家は、
外から見ると結構広そうに見えたけど中は狭かった。
そこの、
まるで肉で出来ているようなぶにぶにした壁に、
5人の男女が両手を広げた格好で拘束されていた。
顔は土気色をしていて、
かなり生気を吸われている感じだ。
でもよかった、まだ息がある。
これなら助かる。
三狼が自分の背丈に近い160センチ斬馬刀を鞘から抜くと、
手近にいた女の子の戒めを切り裂いていく。
私も愛刀・小狐丸の鯉口を切り、
拘束している肉に斬りつける。
yue1.JPG
(イラスト ムシ長者さん)
音音も同じように愛刀・狐ゲ崎で肉を切り裂いていく。
すると……。
「ぐぎゃああっ!!!」
突然天井から不気味な叫び声が聞こえて、
天井いっぱいに大きな顔が現れる。
「貴様ら、何をする! 
そんなモノで切ったら口内炎になるではないかっ!」
それを聞いた音音が、
怒りを含んだ声で答える。
「どこの妖異か存じませんが、
この鎌倉府で不逞(ふてい)をはたらくなんて
良い度胸をしてらっしゃいますわ」
「早く病院にはこびたいんだから、
大人しく解放しないと、痛い目みてもらうけど…」
「ふん、小僧と小娘ふたりが凄んだところで
痒くもないわっ! ほれっ!」
そのかけ声とともに、
触手が地面や壁から生えてくる。
伸びてくる触手を切り落とすものの、
数が多すぎてきりがない。
しかも切り口からは、ねっとりとした血が流れ、
脂分が濃いのか、あっという間に刀の切れ味が悪くなってくる。
こいつ、メタボリックなんじゃ、と気を取られた隙に
調子に乗った触手に制服を切り裂かれてショーツがあらわになる。
それを見た三狼が鼻血を出して、その場でしゃがみ込んだ。

その5に続く
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「二楽亭へようこそ」その5 [小説]

第2章 その3

「あっ! 三狼こっち見るなーっ!」
そう言って怒鳴る私の横で、
音音もこっち見てはぁはぁしてるし…。
そうこれ…、
これが音音の困った趣味。
音音って、普段はクールだけど、
レズっ気があって、
ちょっとエッチなスイッチ入ると
見境なく私を襲ってくる…。
今もそんなスイッチが入ったらしく、
なんだか目つきが怪しくなってるんですけど…。
あー、もうっ!
音音がそんな困ったHモードになったのも、
みんなこの妖怪がいけないんだからねっ!
「このエッチ妖怪!! 
急いでるって言ってるでしょ!」
そう言ってるのに、大人しくなるどころか、
更に触手の数が増えて襲ってくる。
「もう! 言っても聞かないんじゃ、
しょうがないよね!」
そう声を音音に投げつけると、
はっと正気に返る。
「そうですわね」
音音と目を合わせると、
私は愛刀・小狐丸を天に向けて、
「かけまくもかしこき稲荷大神の大前に、
かしこみかしこみももうさく…」
と稲荷祝詞(のりと)を上げ始める。
音音は、愛刀・狐ガ崎を地面に向け、
「本体真如住空理……」
と稲荷心経をとなえる。
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すると中空から、
狐耳に狐のしっぽのある
ふたりの美しい巫女様が姿を現す。
ふたりは私と音音が契約する守護妖、
五尾狐の有明葛葉ねえさまと
四尾狐の阿部静葉ねえさま。
1385年に玄翁和尚が殺生石を砕き、
そのとき飛散したかけらから顕現したふたりは、
せいぜい20歳ぐらいにしか見えないけど、
ホントはもう600歳に近いらしい。
普段は西御門高校内にある
空中庭園二楽亭に住んでいて、
こんなときには力を貸してくれる。
「うー、なんですか、狢(ムジナ)臭いのです~っ!?」
出現するや、葛葉ねえさまが呻く。
「臭すぎますわ~~っ」
ふたりとも、少しでも悪臭を防ごうと、
顔の前に巫女服の裾をかざして、鼻を隠してる。
そうか、相手は狢なんだ…。
狢といえば、狸の親戚。
ウチの学校にもエロ狸がいるけど、
道理でエロい感じがすると思った。
「葛葉ねえさま、静葉ねえさま!」
「あらあら、結繪さん、
その格好はどうなさったのですか!?」
「それより、
この人達を病院に連れていきたいんですけど、
この狢が言うこと聞いてくれなくて」
と窮状を訴えると、
葛葉ねえさまと静葉ねえさまは、黙って頷いて、
「ここからは、
私たちがお相手してさしあげましょう。
あなたたちは、その間に救護を呼びなさい」
そう言って袂(たもと)から御札を取り出し、
部屋の四方に投げつけると、
何事か祭文を唱え始める。
「こ、この祭文は稲荷の…。
ぐげげげげげぇ、なんで稲荷神がここに…」
狢が驚くのには構わず、
祭文を上げつづけるふたり。
そして最後に、
「えいっ!」
とハーモニーを奏でるように
気合いを掛けると、
御札から文字がトゲのように突き出して、
辺りを貫いていく。
「ぎゃああ!!!」
あたりの肉壁が消え、
普通の林の風景に戻った。

その6に続く。
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「二楽亭へようこそ」その6 [小説]

第2章 その4

「うううう、お、お助け~~っ! 
い、いったいあんたらは…」
「だから、ここは鎌倉府で
あやかし関係の事件は、弾正府の管轄なのっ!」
私がそう怒鳴りつけると、
狢がガクガクと震え始める。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、
あなたさまは、もしかして…」
「うん、私が弾正尹(だんじょうのかみ)那須野結繪。
こっちは弾正忠(だんじょうのちゅう)化野音音。
見知りおけ」
「はっ、はは---っ」
地面に頭を擦りつけ平身低頭する狢。
いばり返るつもりはないけど、
これだけのことをしでかした狢には
罪の重さをちゃんと実感してもらわないといけない
--と、思ってたら、
静葉ねえさまが、
「まぁまぁ結繪ちゃん、
狢さんも反省してるし、
その位で勘弁してあげてもいいんじゃない?」
と助け船を出してきた。
「その代わり、
狢さんにはちょっと
お願いしたいことがあるのですよー」
「そ、それはもう…」
「ご飯おごって▽」
「なんだ、そんなことですかい。お安いご用だ」
と言って狢は得意げに小判数枚を取り出した。

狢に生気を吸い取られた連中を
駆けつけてきた救急隊員にお願いして、
静葉ねえさまのリクエストで、
二の鳥居の側にあるウナギの名店
『浅場屋』に移動した私たち。
ここは、静岡県吉田町産の
大井川の伏流水で育てられたウナギを使っている。
狢の奢りだということで、
遠慮無くうな重と日本酒を頼んで、
葛葉ねえさまと静葉ねえさまはすっかりご満悦。
このふたり、
すごく頼りになるのはホントにありがたいんですけど、
ちょっと働いて貰うといろんなモノを大食するので、
経費もバカにならない。
とくに静葉ねえさまはうわばみなので、
飲み始めるとキリがないし…。
sizu.jpg
(イラスト ムシ長者さん)
私と音音も1人前、
出血多量で貧血な三狼も2人前を戴く。
まあ、今回は、
狢が例の小判を古物商に売りさばいたお金で、
病院送りにした連中の入院費と
浅場屋の食事代は事足りそうで、
一応万事めでたし――。
と思った所へ、
さっきの古物商のオヤジが飛び込んで来た。
「この狢! 
葉っぱの小判出すとはふてえ野郎だ」
「え、もうバレたの?」
「バレたって、
あんた最初から騙すつもりだったの?」
「いやあ、
こっちの世界くんの200年ぶりぐらいだから、
あ、はは…は…」
アホな顔してへらへら笑ってる狢は無視して、
店の厨房の方へ向かって叫ぶ。
「すみませ~ん! 
なんか狢つるすのにいい棒ないですか?」
それを聞いて真っ青になった狢は、
「ま、まさかあっしを狢汁に……」
と言いながら私の足にすがってくる。
「仕方がないでしょ。
お代はカラダで払ってもらわないと」
身に危険を感じ、冷や汗をだらだらと流す狢に、
そこにいた全員がほほえみながら近づいていった。

結局、文無しだった狢は、
西御門学園の雑用を
4ヶ月ほど無賃で働くことになりましたとさ。

第3章 その1につづく。
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「二楽亭へようこそ」その7 [小説]

第3章 その1

『――当機はまもなく小笠原上空にさしかかります。
成田への到着時刻は――』
そのアナウンスの最中に、
突然、乗客のひとりが苦しみ始め、
CAや、たまたま乗り合わせた
医師による手当もむなしく絶命した。
医師による所見は心臓発作。
成田到着後、
空港検疫所で警視庁係官立ち会いのもとで検視を受け、
翌日、東京都監察医務院で行政解剖が行われた。
遺体と遺品は、
名乗り出てきた遺族に引き取られることになっている。
死亡した男はロシア人で、
名はレフチェンコ・スミルノフ。
遺品には、通常の着替えなどのほか、
古びた釘が1本、
クッションのしかれた箱に大切に保管されていた。
不思議に思った係官が、
受け取りに来た遺族のロシア人であろう人物に、
「立ち入ったことでなんですが、
その古い釘はなんですか?」
と訪ねたところ、
「<聖釘(せいてい)>…、
ああ、いや、思い出の釘なのですよ」
といらえがあった――。

日のあるうちは風情がある鎌倉の裏路地も
夜になると物寂しい。
特に山のきわとか、谷戸のあたりとか、
人通りの少ない場所だとちょっと不気味だ。
山の斜面にある”やぐら”など、
鎌倉時代の横穴式のお墓も点在していて、
なにか怪異に出くわしそうな雰囲気の場所も結構ある。
実際、馴れてない人や子供だと、
あやかしに行き会ったり、
狢、狸たちに化かされたりすることもある。
驚いて怪我したりという話も
ときおり聞こえてくる。
それに加えて、
最近は『鬼』まで出るようになっていた--。

私のウチに続く路は、
途中からは車も通れないような細い路地になる。
そこを、同級生の三狼と歩いている。
いつもは寮暮らしなんだけど、
ちょっと取ってきたいモノがあって
家に帰ることにしたら、
護衛代わりに連れていけと、
三狼を付けられた。
もともと家が隣同士なので、
寮に入る前は学校の行き帰りは
ふたりいっしょなことが多かったのを
なんとなく懐かしく思い出す。
子供の頃ふたりで、
夕方暗くなった路地を、
ぽつんぽつんとある街灯の明かりをたどるようにして
急いで帰ったなぁ…。
私の家は、
北鎌倉から小袋谷を通り
山崎の奥、鎌倉中央公園の先にある。
高校生になった今でも、
夜になると人通りがほとんど無くなるこの道は
かなり寂しい感じがする。
(お腹空いた~、早く帰っておかあさんのご飯食べたい~)
そんな私のささやかな希望を邪魔するように、
<びちゃ…ぐちゃ……>
という、何とも言えない下品な感じのする音が、
横手の私道の奥、
玄関灯も点けずに闇がわだかまっている場所から
かすかに聞こえてくる。
普通の人なら気がつかない程度の音だけど、
これ、たぶん『鬼』たちの咀嚼(そしゃく)音……。
何を食べてるか知らないけど、
いつ聞いても、あいつらの品のない食べ方は
耳障りなのですぐ分かる。
理性も品性も感じられないんだもん――。
音のするほうをうかがうために、
カバンから鏡を取り出す。
それを塀の角から少しだけ覗かせて、様子を探る。
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(イラスト ムシ長者さん)
あー、やっぱいた…。


第3章 その2につづく
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「二楽亭へようこそ」その8 [小説]

第3章 その2

角もしっかり生えてる。
もう第3期だ…。
でもさすが、スーパーシングルタスク。
気配には敏感なはずの鬼なのに、
食事に集中してるので、
私の接近にもまるで気付いてないよ。
どっかのファストフード店のゴミを盗んできたのか、
ハンバーガーを一心不乱に漁ってるのが、
暗がりの中でかすかに確認できた。
しかし、なんで私の帰り道に居るかなぁ?
だいたい、いっしょにいるのは、
弾正府狼部(ろうぶ)の所属の護衛とはいえ、
ひ弱な三狼(さぶろう)だし。
本来狼部といえば、
弾正府十三部衆の中でも、最強と言われる武門。
だけど、三狼は、
身長165センチ、55キロと、
お世辞にも屈強とは言えないタイプで
あんまり頼りにならないし…。
だからといって
『鬼』をこのまま野放しにもしておけないし…。
そう思い悩む私に、三狼は、
「結繪ちゃん、ここは弾正府に連絡して、
プロにまかせようよ」
と有り得ない提案をしてくる。
「なっ!? なにバカなこといってんの?」
(あんただってプロでしょっ!!?)
っと心の中でつっこんでみるものの、
「でも、危ないし…」
と、どうやら戦う気ゼロらしい。
「わかった…。一応、本部に連絡しといて」
「うん」
返事しながらケータイメールを送信する三狼。
さっきもう元には戻れないって言ったけど、
『鬼』ってもともと人間なの。
日本人の7割が感染してると言われる鬼化ウィルス。
そのウィルスが発症すると鬼になる。
ウィルスの保菌者が、
異常に落ち込んだり、
過度のストレスを抱えたとき、
陰の気を持った妖異に取り付かれると発症すると言われている。
第1期は、ちょっとしたことでも過剰に反応したり、
キレ易くなったりする。
第2期は、感情の起伏がさらに激しくなり、、
犬歯が鋭くなったり、爪が硬く尖ったりした上に、
暴力的になる。
そして第3期は、角が生えたり、
体格が2周りほど大きくなるなど容貌変化のほか、
さらに粗暴になり、
理性的な会話はほぼ不能になる。
鬼化ウィルス自体は、
古細菌=アーキバクテリアの一種なので、
古来から存在していて、
人に定着しているものの、
よほどのことがないと発症しない。
これまでに
酒呑童子や茨城童子や紅葉など、
鬼化ウィルスが発現した例が数例、古文書に見えるが、
数えるほどでしかない。
つまり、殆ど発症するとはなかった。
ところが、この20年の間に
発症例が10数例報告され、極秘裏に処理されてる。
それだけでも、異常に多い。
最近は、突然キレて無差別殺人に走ったり、
自分の親や子供まで手にかける悲惨な事件が多発してる。
この1年についていえば、
発症数から類推して、
そうした事件を起こした犯人の1/3が
このウィルスの第1期の可能性が高い。
鬼退治も弾正府の仕事のひとつなので、
パトロールなども増えてすっごく忙しくなってる。
現に今だって、私が見つけちゃうぐらいだし…。
「--でも、ヤツが移動するようなら…」
視線を戻すと、鬼は立ち上がって歩きはじめる。
「あっ!? 動いたっ!」
もー、仕方ない、こうなったら、
私がやるしかないじゃん。
だって私は、
弾正尹(だんじょうのかみ)那須野結繪。
人間で言えば対妖摩用警視総監なんだから!
私は、愛刀小狐丸の鯉口を切りながら飛び出して、
「待ちなさい!」
と、鬼に声を投げつける。
46082458_m.jpg
その声に反応する鬼の反射速度は尋常じゃない。
鬼の長い手が、
とっさにしゃがんだ私の頭上をかすめる。
もう、危ないなぁ。
こんなになっても、もとは人間。
だから、最小限のダメージで動きを封じて、
対鬼用の施設に送らなきゃいけない。
それを私の力だけでなんとかしないと…
と人がシリアスに悩んでいると、
後ろから三狼が声を掛ける。
「結繪ちゃん、パンツ見えてるっ!」
って、
「え? キャ――っ」
バ、バカサブ、何言ってんの!?
そんなときは見ても見ないふり、
いいえ、見ないのが紳士ってもんでしょ??
ビリッ!!
気を取られている隙に、
鬼の爪がスカートを切り裂いた。
もうヤダ! パンツが見えちゃってる--。
恥ずかしくて、思わずその場にしゃがみ込むと、
鬼がよだれを垂らしながら、近づいてくる。

第3章 その3につづく。
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「二楽亭へようこそ」その9 [小説]

第3章 その3

私を助けようと、
三狼が木刀で殴りかかるけど、
その木刀をへし折りながら、
三狼を道にそそり立つ竹矢来(たけやらい)に吹き飛ばす。
バキバキと竹の折れる音とともに
竹矢来がなぎ倒される。
「三狼―っ!」
メチャメチャに折れた竹の間で、
起き上がろうともがく三狼だけど、
上手く起き上がれない。
脇を押さえてるから、きっと肋骨が折れてる…。
三狼に気を取られた瞬間、
鬼の殺気が私に向かってくるのを感じた!
(やられるっ!!)
そう思って目を瞑(つぶ)る私に、
「待たせたなっ!」
という頼もしい声が降ってきた。
刀身が180センチもある六尺斬馬刀(ざんばとう)の峰で、
鬼の一撃を防いで立っているのは、
私の憧れの人、
狼部筆頭(ろうぶひっとう)三峯二狼にいさまぁっ!
きゃーん、いつ見てもカッコイイよぉ!!
「あ、ありがとうございます!!」
「弾正様、お怪我は? 
なさそうですね。あとは私にお任せを」
そういうと、私に上着をくれると、
軽く鬼あしらい、みぞおちに一撃をくらわせる。
動きが鈍った隙に、
力封じの札を額に貼り付ける。
ほんの一瞬の出来事。
「にいさま、ありがとう。
でも、弾正様はやめてって言ってるでしょ?」
貸してもらった上着で
破れたスカートをフォローしながら話しかける。
「我ら狼部は弾正様に仕える身。
いくら幼い頃からの知己とはいえ、
例外を作ることは許されません。
とくに人前では…」
ひさしぶりに二狼にいさまとお話できそう――
って思ったら、
「痛っ―――っ!」
という絶叫。
振り向くと、
三狼が救急部隊の担架に乗せられてるとこだった。
って私、一瞬三狼のこと忘れてたよ…。
同じ兄弟なのに、
どうしてこんなに二狼にいさまと違うんだろう?? 
そう思っても、幼なじみだし、
放っとけないよね。
「二狼にいさま、私、三狼についてくね」
「申し訳ありませんが、
こちらの検分などありますので、
そうしていただけると助かります」
「上着ありがと。明日学校で返すから~」
そう言うと救急車に乗り込んだ。

救急車の中で気を失った三狼。
病院で検査すると、肋骨2本が折れていて、
そのまま入院することになった。
三狼のお姉さん、
三峯家の長女、一子(いちこ)ねえが来るというので、
それまで病室にいることにした。
三狼ってば、
相手が鬼とはいえ、
狼部の人間が一発殴られただけで
肋骨2本はいかんだろ?
寝ている三狼の前髪をたくし上げてみる。
こんなに二狼にいさまに似てるのに…。
「このばかちん。
…でも、ごめんね、独断で動いた私のせいだ…」
そのときコンコンとドアをノックする音がして、
一子ねえが入ってきた。
一子.JPG
「結繪ちゃん、ありがとね」
「いいえ」
「コイツ、もともと丈夫じゃないとはいえ、
肋骨2本で気絶とはね…」
「でも、肋骨にヒビが入ると息するのも大変だって…」
「三狼も、三峯家の末弟でさえなければね…」
「………」
「我ら狼部、
武をもって結繪ちゃんに仕えるもの。
十三部衆最強でなければならないの。
だから…」
「でも三狼にだって良いトコはあるんだよ」
「ありがとね。
今日はもう遅いから。
部下に送らせるね」

第3章 その4へつづく
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「二楽亭へようこそ」その10 [小説]

第3章 その4

翌朝、西御門学園へと向かう。
でも、
心に何かひっかかるような感じがして落ち着かない。
今日、本当なら横にいるハズの三狼が入院中で居ないせいだと
自分を納得させようとする。
でも、30分の登校時間がすごく長く感じた。

教室には向かわず、
学園の敷地内にある武道棟を兼ねる弾正府に出仕すると、
白ラン姿の鳩部(きゅうぶ)筆頭で生徒会長な宮本が待っていた。
「こんな朝早くからなんですか、Qちゃん先輩?」
「鳩太郎(きゅうたろう)です! 
それより、夕べの鬼の件ですが……」
q2.jpg
「最近ひっきりなしだよね」
「いくらなんでも多すぎると思いませんか?」
十三部衆のシンクタンク・鳩部のQちゃんが、
こんな持って回った言い方するときには必ず何かあるんだよね。
「…裏がある?」
「ご明察です。
今回捕らえた鬼から分離したウィルスは、
遺伝子に人工的にいじられたあとがありました。
妖異にとりつかれなくとも、鬼化します」
その言葉を聞いた途端、
胸がもやもやするような、
朝の嫌な感じが蘇る。
「………Q、なんで、遺伝子を調べた……」
「狼部の三狼殿が発症いたしました…」
「…そ、そんな…。三峯家といえば、
狼の神に祝福された家柄なのに…。
鬼化なんてありえないっ!!」
私の投げつけた言葉に
Q太郎が冷静に応答する。
「その通りです。
低俗霊など妖異に取り憑かれて発症する鬼化ウィルス。
万が一発症したとしても、
われわれ十三部の家の者なら
NK(ナチュラルキラー)細胞で
すべて押さえ込めるはずです。
なのに三狼殿は…」
「発症したっていうの!?
---それで、三狼はどうしたの?」
「夕べひと晩で第3期にまで進行したため、
これ以上、病状を進行させないために凍結処置に…」
「第3期っ!? ひと晩で!?
そんなことって…。
それに凍結…処置…って、
まだ実験中の技術じゃない! 
それを使ったの!?」
「一子さんの意向です」
「一子ねえの…」
「そうです--」
いつの間にか部屋の中に入って来ていた一子ねえが
話しに割り込んでくる。
「--ウィルスの進行を止めるには、
もうそれしかなかったの。
三狼は弾正様の幼馴染であると同時に
私の弟でもあります。
ですから最善と思う方法をとらせていただきました」

「--まだ話は途中なんですけどね…」
と一子ねえを睨(にら)みながら言うQ太郎。
そのケンの有る声を遮(さえぎ)るように、
「ふたりとも、そのくらいにしてよ」
と仲裁する声が後ろから聞こえる。
この声って…三狼…でも…そんな…。
鬼化の第3期って…
角が生えて、醜くなって…
そう思うと振り向くのが怖い--。

第3章 その5につづく。
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「二楽亭へようこそ」その11 [小説]

第3章 その5

…恐る恐る振り返ると、
そこにはいつも通りの三狼が立っていた。
「さ…ぶ…ろう…、
角は……第3期だって聞いてたのに…
大丈夫…なの…?」
「うん、いつもより調子いいくらい」
「――よかった…」
思わず三狼に抱きつくと、
「わー、結繪ちゃん、ダメ、抱きついたらボク…」
と言うと三狼が慌てて私を引き離す。
でもつぎの刹那、三狼の体から、気がわき上がり、
右の額から角が生え始め、制服が破れていく。
上背は二メートルは超えているだろう。
腕も太もものように太くなっている。
三狼は完全に鬼になっていた…。
なに? いったい何が?
三狼と一緒に来ていた医部・鹿苑寺(ろくおんじ)配下の
ミニスカ看護師さんが、
こんな状況にもかかわらず、妙落ち着いていて、
「鹿苑寺先生の話だと、
興奮すると、熱で生き残ったナチュラル鬼化ウィルスが
通常の三倍頑張っちゃって、
鬼化しちゃうそうです。
鬼化した体は、
完全に三狼さんの意識制御下にあるので、
問題はないそうです」
と説明してくれた。
na-su.JPG
「――なんだって。
だから結繪ちゃん、
もう、急に抱きついちゃダメだよ」
や――っ!! 
三狼のカワイイ声で、
いかつい鬼がしゃべってる~~っ!
「…って三狼、私に抱きつかれれて、
何コーフンしてるわけ? 
このむっつりスケベっ!!」
そう言って向こう脛(ずね)を蹴飛ばした途端、
鬼三狼は、
プシューっという音を立てて縮み始める。
「興奮状態から醒めると鬼化も解けます」
とミニスカ看護師。
「変な所で鬼化しないように気を付けないと、
大騒ぎになっちゃうよね」
あはは、と笑いながら言う三狼。
元に戻ったのはいいんだけど、
服は破けてびりびりで、
ほぼ全裸状態だった。
そこに何も知らない音音がやってきて…。
「みなさま、おはようございます。
今日も良い天気ですわね。
清々しい朝は、清々しい一日の…」
股間に揺れるアレも、
そのまま全部見えてる状態の三狼を目撃した…。
「きゃあ――!! 何なに!? 何なの!? 
三狼っ、あなた、何で全裸なのです?
さっさとその変な物をおしまいなさいっ!!!」
と絶叫しながらその場にへたりこんだ。

医部から報告では、
三狼は冷凍処置後に異常な発熱をして、
その際、
遺伝子操作されたウィルスは壊滅したらしい。
三狼の体温は一時43度にまで達したというのだ。
発熱の間、完全鬼体化したものの、
凍結処置を施すために体温を低下させると、
熱が下がるにつれ鬼化が退行し、
人間の姿に戻り、意識を取り戻したのだという。
残っているウィルスは、遺伝子操作されていない、
通常のものばかりらしい。
このプロセスが解明されれば、
一気にウィルスを壊滅できるかと思った私だけど、
通常の人では、
ウィルスが死滅する43度という体温に耐えられないらしい。
人の発熱の限度は42度。
それ以上は脳のタンパク質が焼けてしまうんだとか…。
そうなると、やっぱりこのウィルスをばらまいている連中を
捕まえるしかない。
このウィルスを扱えるということは、
当然ワクチンを完成させているはずだから――。
医部はこの遺伝子操作されたウィルスを
悪魔=「ディアボロ」と名づけた--。

(とりあえず、三狼が無事でよかった。
でも、三狼、ああ見えて、鬼化してなくても結構筋肉質で…///。
や--っ、あんな映像は記憶から消去しなきゃっ!)
「あ…男なんて…不気味な…」
呻きながら未だに目が覚めない、
音音の額の上のタオルを取り替えながら、
とにかくディアボロのワクチン作りを急がせなきゃ
と思った。

第4章へつづく
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