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河童の徳利 後編 [小説]

「無いなぁ…」
「オレの河童仲間も、
支流のこの辺には殆ど住んでないし…」
「頼みは親戚が上流にいるって言ってたオオゼキだけかー」
どれだけ探し回ったのか、
がっくりと肩を落としたキザクラとクボタの2人が、
すっかり暗渠(あんきょ)になってしまっている旧河川の上の道をとぼとぼと歩いていた。
すると、前方に煌々とと居酒屋らしい店の明かりが見えてくる。
「なあちょっとあの赤提灯で休憩しようぜ」
「行こう行こう!」
ガラガラと引き戸と開けると、
「良く来た」
と元気な--というか高圧的な女の子の声が迎えてくれる。
「とりあえずビール! 
と行きたいとこだが、こう寒いとな…」
「じゃあ、熱燗か」
「いや、飛切燗で!
あともろきゅう2人前ときゅうりの酢の物とキュウリスティック…
ズッキーニフリッター1皿……」
2人は、店の奥まった席に居場所を定めると、てきぱきと注文していく。
「--ホントにあんのかな?」
「お嬢も人使い…いや河童使いが荒いからなぁ…」
「元をただせばキザクラがお嬢に相撲で負けたのが始まりで…」
「面目ない…」
「あんとき尻小玉を抜くどころか玉も潰されちまって」
「あ…クボタ…てめぇ…言ってはイカンことを…」
すわ険悪なムードになりかけたところに割って入るように、
ダンっと机の上にもろきゅうが置かれる。
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「ケンカはしないの」
にっこりと微笑んだのは、
音音よりも年若に見えるふわふわな栗色の髪をした外国人の女の子だった。
しかしその浮かべた微笑みには、
年齢とは不相応な、見る者をゾクリとさせるようなすごみがあった。
「は…はい……」
その少女がお酒とおつまみを置いて去ると、
2人は額を寄せ合って、ぼそぼそと話し始める。
「おい、今のヴォスネセンスキー鬼兵団の…」
「ああ…タチアナ…いやアナスタシア皇女大佐だっけ? だよな…」
「そいえば回りも赤鬼ばっかだ…」
それとなく周囲を見回せば、
ロシア人と思しき男達が、
数人づつテーブルに着いてちびちびとウォッカを舐めていた。
現在は敵対関係にないとはいえ、
この連中、
もともとはれっきとした軍隊。
しかも帝政ロシア最精鋭部隊と評判が高かっただけに気を抜けない。
「どうする…」
キザクラがそう囁いたとき、
店の前に車が急停止するブレーキ音が響いた。
次の瞬間、店の戸がガラッと開くと、
慌てふためくキザクラたちを余所に、
音音がズカズカと入って来た。
「しまったスマホのGPS機能切るの忘れてた…」
「クボタ! てめえアホかっ!」
「居酒屋で油を売ってるということは、
河童の徳利は見つかったんでしょうね?」
「うわー、しーっっ!」
キザクラが後ろから音音にしがみついて口を押さえると、
オオゼキが耳元で、
「ここ、ヴォスネセンスキー鬼兵団の居酒屋らしいんで…」
ヒソヒソと話して聞かせる。
口を押さえられ、
一瞬『無礼者!』と激怒しそうになった音音がはっと回りを見回すと、
クボタの言う通り、
ヴォスネンスキー鬼兵団の連中が、
それとなくこちらを伺っている。
--分かったという印に頷くと、
音音を押さえつけてるキザクラの腕がほどかれる。
「ここはひとまず退散したほうがよさそうですわね…」
音音がそう呟いて、
踵(きびす)を返そうとするのと、
それに気付いたアナスタシアが声を掛けてきたのはほぼ同時だった。
「あっ! 音音っ!」 
「……あ…あ…あ…ア…アナスタシアさん、ごきげんよう」
ひきつった笑いで挨拶する音音に、
「こんなとこで何を……あっ! 
まさかもう徳利のことを聞きつけて来たの!?」
と言ったアナスタシアは、
はっと気づいて慌てて口を塞いた。
一気に劣勢を挽回した音音がニヤリと笑うと口を開いた。
「ふうん…すでに見つけていたのですね。
私たちもそれを探しておりましたの」
そう言った音音はぐるりと店内を見回してから、
さらに続ける。
「見れば、大食漢で大酒飲みの部下たちを大勢抱えて大変なご様子。
--どうでしょう、その徳利、
1億円ほどでお譲りいただけないかしら」
「……うっ…私たちもやっとのことで手にいれた徳利なわけで、
これから一儲けしようと思ってたとこだし…」
渋るアナスタシアに、
「分かりましたわ! 私と貴方の仲ですもの。
今回は駆け引き無しの利益度外視で買わせていただきますわ!
---キャッシュで5億円ならどう? 
さすがにこれ以上は費用回収の目処がたたないので、
ビタ一文出せないですわ」
と言ってにっこりと笑った。
一瞬逡巡してから、苦虫を噛み潰したように、
「――売った!」
と吐き出すアナスタシア。
「…本業の傭兵とはあまり関係無いし、
繁華街とは程遠い場所で、
居酒屋を生業とするのは鬼兵団の得意とするところではないわ!
5億円あれば、これを元手に東京で警備会社を立ち上げて、
ゆくゆくはPMC(民間軍事会社)へ転身も…ふふふふ」
妄想をふくらませてにんまりと笑うアナスタシア。
「交渉成立ですわね」
音音がパチンと指を鳴らすと、
ジュラルミンケースを5つ持ったドライバーが店の戸を開けて入ってきた。
ケースをカウンターに置いて、バチバチと蓋を開けていく。
そこには化野銀行の封緘(ふうかん)のついた諭吉の束が整然と入っていた。
「さあ、徳利をくださいませ」
アナスタシアも後ろにいた男に目配せすると、
男は店の奥から徳利の入ったケージを持って来て、
音音の前に置いた。
「捕まえるのに苦労したんだから、
取り扱いには注意してね」
「? なんか狸っぽい感じがする徳利ですわね」
”徳利を捕まえる”と言われた音音が、
日本語がうまいとはいえ所詮(しょせん)はロシア人、
何かの比喩(ひゆ)として使っているのかと当惑して聞き返すと、
アナスタシアはきょとんとした顔で聞き返してくる。
「そりゃ狸の徳利だから当然でしょ?」
「た、狸の徳利?」
「これを見世物にして、一儲けしようって魂胆でしょ?」
そう言った矢先、
ケージの中の徳利の胴体の一部が膨らむと
それは狸の手足になり、
注ぎ口から狸が顔を出す。
「なっ!? 何ですのっ!?」
「だから、狸同士の変身合戦で
もとの狸の姿に戻れなくなった徳利狸だってば…」
なにを分かりきったことをという顔でアナスタシアが答えると、
「これじゃないですわっ!
私が欲しかったのは河童の徳利ですわっ!!」
音音が興奮気味に立ち上がってさらに言い放った。
「この取引は無しにさせていただきます!」
「なっ!? ふざけないで!
口約束でも契約は有効でしょっ!
大人しく徳利を持って帰って!」
アナスタシアもそう言って立ち上がると、
「それとも我等ヴォスネセンスキー鬼兵団と一戦交える覚悟?」
と凄むと、店中のロシア人たちがのっそりと立ち上がり、
一気に剣呑(けんのん)な雰囲気になる。
「そんな脅しに屈する私ではないですわ!
キザクラ、クボタっ!」
ふられたキザクラとクボタが、
青い顔で反駁(はんばく)する。
「音音さまっ! 
この状況はいくらなんでも分が悪すぎますよ」
「三十六計逃げるが勝ちという諺(ことわざ)もありますし…」
完全に腰が引けている二人が
興奮する音音の腕を両側から押さえても、
その怒りは一向に収まる気配はない。
「馬鹿なの死ぬの!? 
あなたた本当に私のボディーガードですか? 
それでも河童の端くれなのですか?」
「無茶な事をお止めするのも
ボディーガードの仕事だと思っておりやすんで。
運転手さんよ、その狸のケージ貰って来てくれよ」
「部下の方がキチンと状況判断できるようね。
2人の飲み代はサービスしておくから
ほら、コレ持ってとっととお帰りなさい」
ドライバーがケージを受け取ると、
「じゃ、そういうことで」
と挨拶したキザクラが周囲に気を配りながらドアに近づいていく。
「放せ--っ!」
いきり立た音音が叫んだ刹那、
店の戸がガラガラと開いて、
オオゼキが入ってきた。
「お嬢、ありましたよ
河童の徳利っ!」
「!!!!!!」
店中の人間(含む河童)が驚く中を、
まったく空気を読まないオオゼキが、
徳利を両手の上に乗せて音音の方に近づいていく。
「ウチの遠い親戚のとこの神棚の御神酒(おみき)入れになって…
あっ…!」
椅子の脚に足を取られたオオゼキの手から
徳利がこぼれ、スローモーションのように床に落ち、
徳利は、こっぱミジンコに砕けちった。
「…ああっ!」
その場にいた全員が嘆息するなか、
すでに大人しくなっていた音音が
がっくりと膝を落とす。
「お、お嬢…ご…ごめんなさい…」
少しの間、
徳利の破片を見つめていた音音だったが、
すっくと立ち上がると、
「形在るモノはいつかは壊れる--
仕方ない、とりあえず、狸の徳利で
大もうけする方法を考えるのですわ」
と言うと扉の方へすたすたと歩き出した。
「音音、スパシーバ(ありがとう)。
私たちも東京でまずは警備会社を立ち上げるわ」
「赤鬼たちを飢えさせないようにせいぜいがんばるといいですわ。
では今度は東京でお会いましょう」
「ダ スヴィダーニャ(さよなら)」

河童の徳利の仕組みを解析して、
食材出し放題という野望をくじかれた音音は、
がっくりとしてるかと思えば、
帰りの自動車の中で徳利狸を眺めながらにやにやしていた。
「あねさん?」
不審に思ったキザクラが尋ねると、
「徳利狸を解析すれば、
きっと変身能力が使えるようになるのですわ」
「さすが音音様、
転んでもただでは起きない」
と感心することしきりなキザクラたちだったが、
音音の心算通りには行かなかった。
連れ帰った徳利狸を化野財団のラボで詳細に解析したものの、
残念ながら変身能力を解明するにはいたらず、
一部光学迷彩への応用がきくノウハウだけが手に入った。
軍事産業へパテントをライセンスでもすれば、
大もうけすることは可能だったろうが、
戦争を助長するだけと考えた音音は、
旧自衛隊に製品化した光学迷彩カッパを貸与するに留めた。

5億円も掛けて手に入れた徳利狸は、
道楽グループが金沢八景に新たに建設した
そば処
「ぶんぶく変身♪ 狸徳利道楽」の公式ゆるキャラとして投入され、
<このとっくりに入れたお酒をカップルで飲むと、
恋愛成就間違いなし>
という都市伝説的な噂を様々な媒体で流した結果、
カップルを中心に大変な人気を博している。
また、
音音があのとき木っ端みじんになった河童徳利を見て思いついたアトラクション、
そばつゆを入れる河童の徳利を
帰り際に巨大な的に向かって思い切り投げつけて
木っ端みじんにするストレス解消アトラクション『おちょこブレイクスロー』も話題になり、
待ち時間が2時間はザラという人気店に成長していた。
施設建設にかかった費用をリクープする日も
そう遠くはないようだった。
おしまい
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つねさん

こんにちは。
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これからもブログの運営頑張って下さい。
失礼致しました。

by つねさん (2015-07-18 09:04) 

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