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二楽亭へようこそ! 「ふたりの母」その6 [小説]

翌日からさっそく働き始めた雪。
化野(あだしの)総研デザイン部の総力を注ぎ込んで作り上げた専用ユニフォームは、
雪のかわいさを最大限強調するよう計算されていて、
男心をくすぐるのはもちろん、
女性客にもかわいいと好評だ。
来店した客達が写真を撮り、
口コミアプリやつぶやきアプリでながす評判が評判を呼び、
真冬にもかかわらず客足が伸びた結果、
テレビでも取り上げられるようになってきた。
平日でも10分程度並ばないと入れないほどで、
土日などは100人ぐらいが列をなし、
化野の家から酒で釣った河童ガードを配置するほどになっていた。
「連日、大入りで、
笑いが止まらないのですわ。
これから暑さが本格化すれば、
キー局でもかき氷特集が組まれてさらに客足が…」
<かまくら甘味道楽>の事務所で
にんまりとしながら札束の勘定をしていた音音がキザクラに話しかける。
「この行列をただ並ばせておくのも、
もったいないのですわ…。
とはいえ、雪の体力にも限界がありますし…」
数日前、
雪が頑張りすぎた時、
雪質が変化して味が落ちてしまい、
客から指摘されたことがあるので、
音音は雪の体調管理にはことのほか気を使っていた。
しかしあの客をそのままにしておくもの
音音の商人魂が黙っていない。
音音が悩んでウロウロする執務室の扉を
ノックもそこそこに開けた道楽チェーンの社員が、
「音音様、雪の母親を名乗る女性が
雪に会わせて欲しいと名乗りでてまいりました」
と告げた。
「うっ…そうですか」
(思ったより早いですが、
まあいいのですわ…)
「では早速お会いして…」
応接室に移動しようと音音がドアに向かったところで、
ふたりの女がが乱入してきた。
160202i1iro.jpg
「私の子に会わせて!」
「雪は私の子ですっ!」
口々に雪の母親だと主張する女たちは、
ふたごのようにそっくりで、
想定外の事態に音音も一瞬呆然とする。
「な…なにごとですか!?」
「す、すみませんっ。
ふたりとも自分が雪の母親だと言って譲らないんです」
と対応に当たっていた社員が困惑気味に答えた。
「…ふりふたつですわね…。
そうですね…そうしましたら、
雪の手を両側から二人に
引っ張らせてみればわかるはずですわ…」
「そんな、『大岡政談』じゃないんすから…」
見かけは若いが、
雪女だけあって、もしかして年百年も生きてるかもしれず、
<痛がる子供の手を離した方が母である>という
江戸時代の有名判例を知ている可能性もすてきれない…。
瞬時にそう判断したキザクラだが、、
他にいい考えもうかばないので、、
いかにも面倒くさいといった感じで、
「しかしこりゃ、
どうにもわかんないっすねぇ。
--本人に判断してもらうしかないんじゃないですか?」
と言うのを聞いて、
音音がぽんと手を打った。
「それですわ! 
ちょっと用意が必要なので、
5時間ほどお店でお待ちください」
そう言って自称母親ふたりに出て行ってもらうと、
「雪に冷気を掛けられて、
大丈夫な方がお母さんですわ。
鎌倉警察署跡地に特別会場を設営して、
かき氷券付きで興行を打てば、
ぜったい儲かりますわっ!
さっそく手配して頂戴」
とキザクラに指図した。

つづく
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二楽亭へようこそ! 「ふたりの母」その7 [小説]

そんなわけで、
河童ガードたちを大量に投入し、
鎌倉駅警察署跡地に3時間という突貫工事で特設会場が作られた。
その間に売られたチケット500枚は、
土曜日の午後ということも手伝って
あっという間にはけていった。
開場時間になると、
ぞくぞくと人が集まり、
河童ガードのひとり、玉乃光(たまのひかり)が
アナウンスと説明が流れ始める。
『さあ、まもなく始まります! 
今鎌倉小町の呼び声も高い<雪ちゃん>の
母親だと名乗りでたふたりの雪女!
いったいどちらが本物なのか、
本日この場で決まります。
みなさんのお手元のスイッチで
正しいと思ったほうのボタンを押してください!
予想が正しかったお客様の中から抽選で5名様に豪華景品があたります!
それでは、雪女さんの入場です』
アナウンスにうながされ、
白装束のふたりが、会場中央にしつらえられた舞台に登ってくる。
『それでは本日のヒロイン、雪ちゃんの登場です!』
「ボクはヒロインなんかじゃないです…」
おずおずと舞台に登ってきた雪を見て、
「雪っ!」
とふたりの母親が同時に呼びかけると、
戸惑ったように雪が下を向いてしまった。
「私がおかあさんだよ。
雪…おまえが小さいころに
どうしても現世(うつしよ)に出なくちゃならなくて…」
「雪…ごめんね。
もっと早く幽冥世(かくりよ)に帰るはずだったのに…」
同時に話しかけてくるふたりに何と答えていいかわからず、
押し黙ってしまった雪に、
会場の最前列に陣取った音音が、
「幼いころに生き別れてるし、
どちらが本当の母親かわからないのは仕方ないですわ。
でも雪、こうしていても、時間の無駄。
酷なようですが、
あなたが冷気を浴びせることでしか真偽がわかりませんの。
さあ、さっそく始めてくださいませ」
と言い放った。
舞台に河童達の念で作った透明のドームが降ろされ密封されると、
すでに事情を言い含められていた雪が、
覚悟を決めたように前を向いて冷気を出し始めた。
160216I1.jpg
すると、
一気にドーム内の温度が下がり始める。
「あ、なるほど、
凍らなかった方が雪女ってわけですか。
さすが姐さんだ」
「今頃わかったのですか?」
関心するキザクラを
音音が何か汚いものでも見るような目で見ている間にも温度は下がり続け、
バナナで釘が打てるようになるマイナス40をこえた当たりで、
右側の女がもぞもぞと動き始めた。
そしてついに耐えきれなくなって、
「な、なんだいこの子はっ!
なんでこんなに冷気が強いんだ!?
出してくれっ! いくら雪山育ちの我でも凍っちまう…」
と叫ぶと見る間に老け込んで老婆に姿を変えていく。
「うわっ、山姥かよっ!?」
ドームの近くで観ていた河童ガードにすがるように、
「もう出しとくれっ! 
このままじゃ凍って…」
と呻(うめ)くように言ったところで山姥は動かなくなった。
『だ、大丈夫なのか?』
「雪っ! もうよいですわ。
セキュリティ! 全員をそこから出してください。
山姥は動けないフリをしてるだけかもしれないので
注意するのですわ!」
音音が指示した通りに、
耐寒装備のセキュリティが、
冷気のせいで真っ白なモヤがかかっているドームの中に入ると、
山姥に近づいて状況を確認する。
「山姥、自発呼吸、脈ありません。
完全に凍結しているようです」
「これでもう一人が母親に決まりですわね」
一件落着な感じが漂う中、
セキュリティの悲鳴にも似た声が、
会場の中に響きわたった。
「もうひとりの女性も凍っています!」
「な、なんですってっ!?」
「ぼ、ボク、
おかあさんを凍らせちゃったの…!?」
それを聞いて半狂乱になった雪が、
その場で倒れこんだ。

つづく
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