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「二楽亭へようこそ」その23 [小説]

第6章 その3

ロックを解除して
その横の出入り口から中に入ると、
思わず息を飲んだ。
内部は寒く、蛍光灯が何本も割れ、
ドアや換気口のところどころが凍結し、
粉砕されたりヒビが入ったりしたコンクリートの壁が、
非常灯の明かりに照らし出されていた。
そして、弾正府十三部衆でも最強と言われる狼部の兵が、
そこかしこに倒れている。
「ううっ……」
という、うめき声が聞こえた方に石田が駆け寄って、
兵を助け起こす。
「おい、どうした? 何があった!?」
兵は苦しい息の中で、
「………こ、氷の…ツアー……」
とだけ言うと昏倒した。
「…ツアー…? 
--あり得ないことですが、アヤツだとすると、
少し厄介なのです…」
葛葉ねえさまでさえ考え込むような相手が奥に…。
この状況で、二狼にいさまだけが無事とは考えられない…。
「二狼にいさま…」
心配で取り乱しそうになるのを、
愛刀小狐丸の柄に手を掛けることでやっと押さえる。
とにかくヒュースケンを入れた結界牢に行かなければ…。
結界牢は、この三階の一番奥にある。
気を探りながら、奥へと進んでいくと、
その部屋から、二狼にいさまの気と
それを圧倒するかのようなまがまがしい気が感じられる。
結界牢には最早扉もなく、
そこから一人の男が出てきた。
ニコライ.jpg
「ニコライ…日ノ本で死んだわけでもない貴方が、
何故日ノ本にいるのです? 
貴方は、間違いなくエカテリンブルグで赤軍に…」
「ダー、そうだ! まさに貴女の仰るとおりだ!
忌々しいボルシェビキどもに災いあれっ!
『反革命・サボタージュ取締全ロシア非常委員会』とかいう秘密警察が、
我と我が妻や子を含むロマノフ家の者七名と従者三名、更に医師までをも
エカテリンブルグのイパチェフ館、
その地下で殺害しおったのは紛れもない事実…」
ニコライと呼ばれた男は、
モールや勲章のついた、ぴったりとした軍服を着こなしていた。
「――だが、そのソビエトも最早なく、
今や我は極東オーソドクス教会に、
新致命者として聖人に列せられた…」
「…なのに何故ここに……。
この日ノ本で死んだわけでもない貴方が、
何故鎖国結界を施した日ノ本に入れるのですか……?」
そう言いながら、一瞬思案した葛葉ねえさまだったけど、
うなるように呟く。
「……あ、大津事件…」
「ダー、その通り。
大津にある、我が血に染まりしハンカチーフを依代にして
日本に帰参した次第――」
「ですが、ここへはどうやって入ったのです!? 
上の兵たちに見とがめられず、
ここへ入ることは、それこそ不可能なはずですっ!!」
ニコライ二世が、
葛葉ねえさまの足下に
プリントアウトした地図を投げて寄越す。
「ランドサットからの衛星透過写真に、
八幡宮新宮裏手からここへの抜け穴があるのを見つけてね。
そこから侵入させて頂いたのだよ」
と後ろの壁に開いている穴を指さした。

第6章 その4につづく
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