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二楽亭へようこそ! 「ふたりの母」その4 [小説]

第4話

しかし問題の美術室に到着してみると、
すでにそこはも抜けの殻で、
雪女の姿はどこにも見えなかった。
学園上空をどんよりと覆っていた雪雲も消え、
いつの間にか晴れ空に変わっていた。
雪はその日のうちにとけ、
雪女の件はうやむやのうちに終わりを告げた。

その夜、
化野家の地下にある防災司令部の中の一室。
凍りついた室内に、
目隠しに猿轡(さるぐつわ)をされた白装束の少女が
拘束帯の付いた椅子に縛り付けられていた。
「よくやったわキザクラ」
「いや、実際寒くて寒くて…。
お皿の水が凍って、凍傷になるかと思いましたよ」
部屋の中に入ってきた音音とキザクラは、
防寒装備を通り越して、
宇宙服を着込んでいた。
キザクラが目隠しと猿轡を外すと、
少女は正面にいた音音をきっとにらみつけた。
「手荒なことをして悪かったわね。
でも学校であんな豪雪を降らせたら、
幽冥世(かくりよ)へ強制送還
されてしまいますわ」
「え!?」
それを聞いた少女の表情が少し不安な感じなる。
「私は化野音音。鎌倉府弾正台で
No.2の弾正忠(だんじょうのちゅう)をつとめておりますわ。
あなた、お名前は?」
「……ボクは…雪…。
おかあさんを探してるの…」
「雪ちゃんですか…。お父様は?」
「…いない…」
(孤児(みなしご)の妖怪ですか…)
雪女というと、ひとりで出没というイメージが強いので、
独立志向なのかと思っていたらそうでもないのかと
ひとり得心した音音は、
「お母様をお探しでしたら、
私のお店<かまくら甘味道楽>で、
働いてみてはどうでしょう?」
と申し出た。
「え?」
怪訝な顔をする雪に、
さらに音音が続ける。
「私のお店は、
古都鎌倉にあって、雪で作ったかまくらの喫茶店なのですけど、
結構マスコミに取り上げられますの。
そこであなたが働いているわけを話せば、
きっとお母様が見つかるはずですわ」
少し考えた雪は、
椅子から立ち上がると、
「--弾正忠様、
どうかボクを<かまくら甘味道楽>で働かせてください!
お願いします!」
と言いながら頭を下げた。
「よろこんで。
じゃあ、この書類にサインして頂戴。
朝夕の食事付き、大きな露天風呂もある
従業員寮に部屋を用意するから、
そこに住むといいですわ。
それから私のことは、
音音と呼んで欲しいですわ」
と言った音音は、あらかじめ用意しておいた契約書を渡すと、
それにサインするように促した。
160120j1.jpg
つづく
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二楽亭へようこそ! 「ふたりの母」その3 [小説]

音音が武道棟の入り口に着くと、
結繪が刀をふたふり、
<小狐丸>と<狐が崎>を持って出てきたところだった。
「はい」
と結繪が音音の愛刀・狐が崎を渡すと、
結繪のスマホが鳴り始めた。
「Qちゃんからだ…んーと--
<美術室に入った> --だって、いくよ音音」
画面の内容を伝えた結繪が走りだすと
音音は化野家専用秘密回線をそっとオンにして、
「対象は美術室、妨害よろしく」
と小声でつぶやいてそのあとを追った。

校舎に戻ろうと昇降口に行くと、
何故かドアが閉まっていて、
開けようとしても鍵がかかっているようで開かない。
仕方なく裏に回るとそちらも閉まっている。
「これって…雪女の仕業なのかな…?」
(ナイスですわキザクラ!
いまのウチに雪女を確保するのですわっ!)
「窓ガラス割って入ろう」
そう言って、
結繪が愛刀小狐丸の鯉口を切るのを音音が止めた。
スマホを取り出しながら、
「昨今ガラス代も馬鹿になりませんので、
サブを呼んで開けさせますわ--あ、サブ?
校舎の玄関の戸に鍵がかかってて入れないから開けて」
自分の要件を言い終わると、
三狼の返事も聞かずにさっさと電話を切ってしまった。
しばらくして、鉄製の扉の向こうで、
ガーンという音がして、
ゆっくりと扉が開いた。
「鍵がひん曲がってた…」
ぼそっと三狼がつぶやくのを聞きながら中に入ると、
「美術室の方に雪女がいるらしいの。
確保するから、三狼もいっしょにきて」
と言って結繪が走りだした。
美術室のある3階に着くと、
あたりの壁や天上には霜がはり、
床は氷ついて滑りやすくなっている。
「転ばないように、
足全体に体重をかけるといいのですわ」
と音音が言うそばから、
結繪が滑ってバランスを崩した。
それを後ろか抱きとめた音音--。
結繪を愛してやまない音音が、
鼻孔をくすぐる甘いシャンプーの香りをかいで、
しあわせそうにうっとりとしている。
ちょっとわたわたした結繪は、
三狼の手を掴んでバランスを立て直して、
「ありがと」
と言うと3階の美術室を目指して
階段を軽やかに駆け上がっていく。
階下に取り残された音音の瞳に、
一瞬スカートが翻り、
白いショーツがチラリと映った。
160110i1-2.jpg
「はわわ~…が、眼福ですわ~」
思わぬ収穫にめまいがしそうになるのを何とか抑えて、
音音もふたりの後を追った。

つづく
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