二楽亭へようこそ!「されどバナナ、なれどバナナ」 その2 [小説]
冷凍、というと、
先日のかき氷事件で行方をくらました雪ンバが記憶に新しいが、
あの事件の裁判で、
道楽チェーン側は有能な弁護士を雇い、
現世(うつしよ)にあるに雪ンバ一族の財産の一切合切を、
損害賠償金と慰謝料として支払わせたばかりなので、
かなり大がかりな資金繰りが必要な今回の件とは関係ないと音音は判断した。
とはいえ、連中に面(メン)の割れているキザクラでは、
万が一のとき心配なので、
今回は誰を潜入捜査に派遣しようかと悩んでいたところに現れたのが、
音音に借金があり、
西御門学園で学校用務員として働いているムジナが通りかかった。
「おや音音さん、ご無沙汰しておりやす。
景気のほうはいかがで?」
のん気に時候の挨拶をしてくるムジナに、
「ごきげんよう。
つかぬことをお聞きしますが、
あなた有休休暇は消化なさっていて?」
と聞くと、
「いえいえ、音音さんにお借りしてる金子(きんす)を、
早くお返ししたい一心で、身も世も知らず働いております」
と殊勝なことを言った。
「でしたら私の為に、
その有休をお使いにならないこと?
もちろんタダでとはもうしませんわ。
今の日当の2倍はお出ししますから、
ひとつ、バイトなさいませんこと?」
ムジナが一も二もなく飛びついたのは言うまでもない。
翌日、
音音は白のワンピースに大きな帽子を被り、
河童ガードの一人、
まだ若いタカサゴに今風の格好をさせると、
カップルよろしく横浜の倉庫街へと出かけた。
お目当ては当然<禁断バナナ>。
店の前にはもうすでに行列が出来ていて、
入店するまでに30分待ちという状態だった。
なんとかお店に入ったものの、
真夏日の炎天下は河童には酷な状況だったらしく、
人間に偽装していたとはいえ、
タカサゴの頭の皿はからからになっていたようで、
店に入った途端トイレに駆け込んでしまった。
「まったく、私を置いていくなんて、
タカサゴはボディーガード失格ですわ」
「まったくその通り…」
音音の独り言に勝手に応答して、机を挟んだ席にどっかと座ったのは、
淡いブラウンの髪を頭の両サイドでツインテールにし、
メイド服を着た中学生ぐらいの青い瞳の少女…。
「--タチアナ まさかここ、あなたのお店でしたの?」
彼女は、ロマノフ家の生き残りで、
日本国内の荒事(あらごと)全般を生業(なりわい)にする
ヴォスネセンスキー(キリスト昇天)鬼兵団の領袖(りょうしゅう)
タチアナ・ニコラエヴナ・ロマノヴァだった。
以前は弾正台の宿敵<第2契約者>に雇われ敵対していたが、
現在は弾正台とそれなりに良好な関係を保っている。
「あなたが居たのでは、
変装も何もあったものではありませんわ…」
ブツブツ言う音音に、
「うっ…違う…ただのアルバイト…。
最近<組>同士の抗争が激しいように見えるけど、
あれ出来レースだから、
用心棒とかの仕事はない…。
わたしらの本業は商売あがったり、
警察の監視が厳しくなっただけで、いいことなし…というわけだ」
そう言って笑ったタチアナだったが、
バストの下をきゅっと締めたハイウェストのふんわりしたジャンパースカート、
胸の大きい娘はものすごく胸が強調されるデザインの制服を着ているので、
ある種の残念感が漂っている。
「ここは時給がいいのでな。
手下どもも、バックヤードで働いてる…」
タチアナの視線の先をたどると、
屈強なスラブ系の男が段ボールを抱えて奥へと入っていくところだった。
「でしたら、先ほどから店長らしき方が、
こちらをご覧になってらっしゃるから、
早く持ち場に戻った方がよさそうですわ。
ついでだからオーダーもお願い」
そう言うと、
音音は、お店のおすすめだというバナナアラモードの紅茶セットを
リーフはキーマンをチョイスして頼んだ。
高砂は帰ってこないまま、
しばらくして運ばれてきたのは、
ティーコゼで保温されたティーポットと
バナナをふんだんに使ったバナナアラモード。
派手な見かけだけでなく内容も凝っていて、
少しラム酒を利かせたバナナプリンは、
カラメルの上からかけたグラニュー糖をバーナーで焙っており、
香ばしさと同時に食感にアクセントがある絶品だった。
さらに添えられたバナナはどれももとろけるように甘く
<鎌倉バナナ道楽>出している最高級品に勝るとも劣らない品質だった。
「これは…」
(冷凍することで細胞膜を少しだけこわした結果、
完熟、いいえ、完熟以上の風合いをだしていますわ…)
「口に合うかね? レディ・音音・化野」
突然後ろから声を掛けられても、
音音は動じる風もなく紅茶を口にした。
「バナナアラモードはすばらしいですわね。
でも紅茶はせめてセカンドフラッシュは使っていただいたいわね」
「--さすが化野家の令嬢、恐れ入る…。
私はウィリアム・スミス・クラーク。
当店のオーナーだ」
(クラーク博士とは、第二契約者どもは、
また厄介なのを復活させましたわね…)
八百万の神を奉じる弾正台と
一神教による世界制覇を目指す第二契約者は、
こう着状態にあるが敵対する関係ではある。
ボーイズ・ビー・アンビシャスで有名な
ウィリアム・スミス・クラーク博士は、
農業教育のエキスパートであるうえに、
来日する以前に南北戦争で軍務経験もあり、
油断できない相手であるのは間違いない。
ただ、「少年よ大志を抱け!」という訳は誤訳で、
本来「元気でやんな」位の定型句だったらしいことはあまり知られていない。
つづく
先日のかき氷事件で行方をくらました雪ンバが記憶に新しいが、
あの事件の裁判で、
道楽チェーン側は有能な弁護士を雇い、
現世(うつしよ)にあるに雪ンバ一族の財産の一切合切を、
損害賠償金と慰謝料として支払わせたばかりなので、
かなり大がかりな資金繰りが必要な今回の件とは関係ないと音音は判断した。
とはいえ、連中に面(メン)の割れているキザクラでは、
万が一のとき心配なので、
今回は誰を潜入捜査に派遣しようかと悩んでいたところに現れたのが、
音音に借金があり、
西御門学園で学校用務員として働いているムジナが通りかかった。
「おや音音さん、ご無沙汰しておりやす。
景気のほうはいかがで?」
のん気に時候の挨拶をしてくるムジナに、
「ごきげんよう。
つかぬことをお聞きしますが、
あなた有休休暇は消化なさっていて?」
と聞くと、
「いえいえ、音音さんにお借りしてる金子(きんす)を、
早くお返ししたい一心で、身も世も知らず働いております」
と殊勝なことを言った。
「でしたら私の為に、
その有休をお使いにならないこと?
もちろんタダでとはもうしませんわ。
今の日当の2倍はお出ししますから、
ひとつ、バイトなさいませんこと?」
ムジナが一も二もなく飛びついたのは言うまでもない。
翌日、
音音は白のワンピースに大きな帽子を被り、
河童ガードの一人、
まだ若いタカサゴに今風の格好をさせると、
カップルよろしく横浜の倉庫街へと出かけた。
お目当ては当然<禁断バナナ>。
店の前にはもうすでに行列が出来ていて、
入店するまでに30分待ちという状態だった。
なんとかお店に入ったものの、
真夏日の炎天下は河童には酷な状況だったらしく、
人間に偽装していたとはいえ、
タカサゴの頭の皿はからからになっていたようで、
店に入った途端トイレに駆け込んでしまった。
「まったく、私を置いていくなんて、
タカサゴはボディーガード失格ですわ」
「まったくその通り…」
音音の独り言に勝手に応答して、机を挟んだ席にどっかと座ったのは、
淡いブラウンの髪を頭の両サイドでツインテールにし、
メイド服を着た中学生ぐらいの青い瞳の少女…。
「--タチアナ まさかここ、あなたのお店でしたの?」
彼女は、ロマノフ家の生き残りで、
日本国内の荒事(あらごと)全般を生業(なりわい)にする
ヴォスネセンスキー(キリスト昇天)鬼兵団の領袖(りょうしゅう)
タチアナ・ニコラエヴナ・ロマノヴァだった。
以前は弾正台の宿敵<第2契約者>に雇われ敵対していたが、
現在は弾正台とそれなりに良好な関係を保っている。
「あなたが居たのでは、
変装も何もあったものではありませんわ…」
ブツブツ言う音音に、
「うっ…違う…ただのアルバイト…。
最近<組>同士の抗争が激しいように見えるけど、
あれ出来レースだから、
用心棒とかの仕事はない…。
わたしらの本業は商売あがったり、
警察の監視が厳しくなっただけで、いいことなし…というわけだ」
そう言って笑ったタチアナだったが、
バストの下をきゅっと締めたハイウェストのふんわりしたジャンパースカート、
胸の大きい娘はものすごく胸が強調されるデザインの制服を着ているので、
ある種の残念感が漂っている。
「ここは時給がいいのでな。
手下どもも、バックヤードで働いてる…」
タチアナの視線の先をたどると、
屈強なスラブ系の男が段ボールを抱えて奥へと入っていくところだった。
「でしたら、先ほどから店長らしき方が、
こちらをご覧になってらっしゃるから、
早く持ち場に戻った方がよさそうですわ。
ついでだからオーダーもお願い」
そう言うと、
音音は、お店のおすすめだというバナナアラモードの紅茶セットを
リーフはキーマンをチョイスして頼んだ。
高砂は帰ってこないまま、
しばらくして運ばれてきたのは、
ティーコゼで保温されたティーポットと
バナナをふんだんに使ったバナナアラモード。
派手な見かけだけでなく内容も凝っていて、
少しラム酒を利かせたバナナプリンは、
カラメルの上からかけたグラニュー糖をバーナーで焙っており、
香ばしさと同時に食感にアクセントがある絶品だった。
さらに添えられたバナナはどれももとろけるように甘く
<鎌倉バナナ道楽>出している最高級品に勝るとも劣らない品質だった。
「これは…」
(冷凍することで細胞膜を少しだけこわした結果、
完熟、いいえ、完熟以上の風合いをだしていますわ…)
「口に合うかね? レディ・音音・化野」
突然後ろから声を掛けられても、
音音は動じる風もなく紅茶を口にした。
「バナナアラモードはすばらしいですわね。
でも紅茶はせめてセカンドフラッシュは使っていただいたいわね」
「--さすが化野家の令嬢、恐れ入る…。
私はウィリアム・スミス・クラーク。
当店のオーナーだ」
(クラーク博士とは、第二契約者どもは、
また厄介なのを復活させましたわね…)
八百万の神を奉じる弾正台と
一神教による世界制覇を目指す第二契約者は、
こう着状態にあるが敵対する関係ではある。
ボーイズ・ビー・アンビシャスで有名な
ウィリアム・スミス・クラーク博士は、
農業教育のエキスパートであるうえに、
来日する以前に南北戦争で軍務経験もあり、
油断できない相手であるのは間違いない。
ただ、「少年よ大志を抱け!」という訳は誤訳で、
本来「元気でやんな」位の定型句だったらしいことはあまり知られていない。
つづく