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二楽亭へようこそ! 「ふたりの母」その11 [小説]

「雪ンバが逃げたとはいえ、
これで氷極の経営に専心できますわ」
執務室の机を前にして、
ハイバックの椅子に深く沈み込んでくつろいでいる音音のもとに、
ノックの返事ももどかしく、
バタバタとキザクラが飛び込んできた。
「姐さん、大変でさ!」
「騒々しい! 何事ですか?」
「こ、これを…」
そう言って差し出した週刊誌には、
<鎌倉発「極氷」二枚看板雪女、
雪娘・雪は、じつは男の娘の二枚舌>
という見出しが踊っていた。
「な…っ、雪が男の子?」
立ち上がって、
ざっと目を通していた音音がボスンと音を立てて椅子に腰を落とした。
「ああ……あのときの男の子…そういうことでしたか…」
そうつぶやきながら、音音はふふっと笑った。
「姐さん…終わった…完全に終わりですよ…。
雪女目当てのお客様は逃げ、
雪男の娘歓迎な大きなお友達層が押し寄せたら、
落ち着いた雰囲気を求めていた上客も離れて…」
キザクラがお店の行く末をシミュレーションして嘆いてるところへ、
ドアがノックされ、雪が部屋に入ってきた。
「…音音様、ごめんなさい…。
ボク…嘘付く気なんて…
そんなつもりじゃなかったんです…。
自分が男だってこと、何度も言おうと思ったんですけど言えなくて…。
おかあさんがひと目でボクだって分かるようにあんな格好で…。
でも、まさか、こんなことになるなんて思ってなくて…
ボク…ボク…」
泣きながら深々と頭を下げてあやまる雪に近づいた音音は、
「今回の一件はお金に目がくらんで勘違いしたわたくしのミス。
謝らなくてはいけないのはわたくしのほうですわ。
以前一度お会いしてたことも忘れていたことも含めて、
本当にごめんなさいね」
と言って頭を下げ、
雪の傍によると頭をぽんぽんしてから肩を抱いた。
「音音様……」
<コンコン>
開いたままになっているドアをノックする音が聞こえて、
そちらを見ると弾正台のTOP弾正尹(だんじょうのかみ)・那須野結繪が立っていた。
「結繪ちゃんっ! どうしてここにっ!?」
「あれだけ派手なことになれば、
偉い人の耳にも入っちゃうから、
その前に弾正台として、
雪ちゃんたちをなんとかした方がいいってQちゃんが…。
そんなわけで、事情を一番知ってる
音音はどうしたらいいと思う?」
(わたくしのミスで、事態は思った以上に悪化してますわ…。
雪たち母子が罰せられないようにするには…)
しばらく考え込んでいた音音は、おもむろに口を開いた。
「責任を取ってわたくしが弾正忠を辞め…」
音音が話すのを遮(さえぎ)って、
「私は、ふたりとも現世(うつしよ)から処払いってとこが
妥当じゃないかなって思うんだけど?」
と結繪が割合重い刑を提案するのを聞いて音音が一瞬絶句する。
「そんな…ふたりに罪は--」
そこまで口に出した音音の表情が、
周りに気付かれない程度に一瞬固くなったが、
「--永久追放ではないのであれば、妥当ですわね」
とうつむきぎみに同意した。
「じゃあQチャン先輩に
現世の一時処払いの不定期刑で手続きとるように話しとくね」
「姐さん、そりゃきつすぎるんじゃ…」
キザクラが結繪に食ってかかろうとするのを静止した音音が、
「よろしくお願いしますわ。
ふたりのことは、手続きが終わるまで、
わたくしが責任をもってお預かりしますので安心してくださいませ」
と頭を下げた。

結繪が出て行くと、
「姐さん…どうして…」
と言って音音のほうを見たキザクラがぎょっとして口ごもった。
そこには口の端を上げて目を輝かせた音音がいたのだ。
160422j1.jpg
「キザクラ、これは結繪ちゃんがくれたチャンスですわ。
四国ブロック支配人のイシヅチを呼びなさい。
イシヅチを支配人にして、
幽冥(かくりよ)に『氷極』を作りますわよっ!」

つづく
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